過去のコラム

第11回:FTA交渉(上)

〈日本にとって初めての農業分野を含む本格的な自由貿易協定(FTA)交渉がメキシコとの間で進んでいた。03年10月の同国の大統領来日が交渉の節目だった〉

 メキシコとの交渉は産官学の共同研究会で事前に協議し、実際の交渉でも事務レベルでいろいろ情報を得てやってきました。われわれとすれば、譲れるものは譲るという考え。小泉総理からも、まとめてほしいと言われていたので、そのつもりで対応しました。
 一番の問題は豚肉。国内生産に影響が出ないよう、慎重にやらなければならない。10月16日のフォックス大統領来日を控え、その直前のカナレス経済相らとの閣僚折衝で詰める手はずになっていた。われわれは低関税輸入枠を設ける線でまとめたいと考えていました。実際にそれで話がうまく進みそうだったんです。向こうが要求した牛肉、オレンジなどの品目は、メキシコ産があまり日本になじみがないので、販売促進という意味で無税の輸入枠を10u設けることで合意できると思っていました。
 13日から始まった閣僚折衝には私のほか、中川昭一経産相、川口順子外相の3人。14日から二晩連続の徹夜交渉になり、メキシコの閣僚も、宮中晩餐会を終えてタキシードで交渉にあたっていましたね。場所はホテルの一室だけど、ベッドもなく、大部分は事務方を入れずに、閣僚同士がサシで交渉したんです。
 その中で向こうから出てきた豚肉の輸入枠は25万トン。対日輸出量が3万6000〜3万8000トンだから、法外な数字です。協議を続ける中で、関税を半減して5年間で7万5000トンということで大体詰まりかけた。そしたら、オレンジジュースの話が急に出てきたのです。これには驚いた。オレンジジュースは、それまで話に出ていなかったんだから。

〈閣僚折衝は結局、オレンジジュースでメキシコ側が要求をつり上げ、決裂した〉

 16日の朝5時ぐらいになって、最終的には500トンの無税枠をつくることで収めようと腹を固めた。早くまとめなければとの思いもあって、500トンという数字を誰にも相談なしに、政治判断で相手に出したんです。
 それを向こう側が大統領に報告し、午後2時半から最後の交渉をすることになった。最初10トンだったものが500トンになったのだから、当然まとまるものと思っていました。ところが、午後の交渉が再開したら、突然初年6000トン、3年目1万トンという数字を持ち出しきた。それで決裂したんです。本当に、メキシコは交渉を成立させる意識があったのか、疑わしい気持ちになったね。


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