| 第4回:WTO農業交渉(下) 〈カンクン閣僚会議で決裂した後、停滞していた世界貿易機関(WTO)農業交渉は2004年に入り、動き出す気配を見せていた〉 2月に来日した米国のゼーリック通商代表は「04年を失われた1年にしたくない」と協力を求めてきました。こちらも「WTOは重要だからまとめるつもりだが、米国の譲歩が必要だ、特に上限関税は是正が不可欠だ」と伝えました。 4月末にはノルウェーとスイスに出張し、就任したばかりの大島正太郎WTO一般理事会議長や農業交渉のグローサー議長らに会いました。日本から一般理事会の議長が出て、すばらしいと思う半面、日本と各国が対立した場合に、議長の立場を危うくすることにならないか、不安も内心ありました。ノルウェーでは、スポンハイム農相の実家まで訪問し、帰りにスイスのダイス大統領とも話をして、G10(食料純輸入国グループ)共同で対応しようと確認しました。 参院選中だったが、7月4日のG10閣僚会議に出席するため、急きょジュネーブに行きました。枠組み合意の1次案が9日に出るのではという情報があったからです。会議には7カ国の閣僚が集まり、1次案が出る前にタイミング良く10カ国で共同声明を出せました。 〈枠組み合意の1次案が7月16日に示され、月末の一般理事会に向けて激しい交渉が続いた〉 1次案では上限関税が「その役割をさらに評価する」となり、今後の検証に委ねる。一方、重要品目は階層方式の別扱いにし、その品目の選定は各国の裁量によると。全体として、日本の主張がある程度反映していると思いました。そういう面では、1年前のカンクンに行くより精神的には楽でしたね。 27日からの一般理事会と並行して、主要少数国によるグリーンルーム会合が30日夕刻から徹夜で行われました。合意案の改訂版やその修正案が出て、最終局面ではG10として修正案をのむことを決断しました。最後のグリーンルーム会合で、G10としてスイスのダイス大統領が最初に賛成を表明することになっていたが、その場での発言はあまり明確じゃなかった。そこで私がはっきり賛成すると言いましたら、カナダも日本と同じく賛成すると続いて、合意の方向に流れができたんです。 交渉に行く前には、多くのマスコミから、日本は米国、EU、豪州、インド、ブラジルで構成されたG5に入れなかったので孤立すると批判された。しかし、G5に入っていたら、これだけの形にすることができたかどうか。 G10は最後まで共同歩調を取ったことで、WTOの中での存在感を増したと思っている。香港で開かれる第6回閣僚会議まで、結束を維持していかねばなりません。 |
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