| 第5回:米政策改革 〈難産の米政策改革は、食糧法改正案の国会審議、地域農業水田ビジョンづくりの支援、米改革予算の確保、初年度の改革実行を担当した〉 就任に当たり、米政策改革をやらねばという思いは当然ありました。米は日本農政の基本中の基本ですから。この改革に伴い、食糧庁を廃止した。たまたま私の父親は戦前から食糧営団・公団の役員をしていました。戦後公団の解散で米の卸会社を設立し、私も一時そこで働いていたので、米とのつながりは深いわけです。その私の大臣在任中に、歴史的な政策転換を行うというのは、正に政治家としての運命を感じました。6月25日にKKR竹橋で食糧庁の解散式があり、昔からつきあいのある大先輩たちが大勢参加された。大変感慨深いものがありましたね。 米政策改革は、農業者や農業団体との信頼関係、協力が得られなければできません。農業団体からは早くから予算の要請を受けた。全中の水田農業対策本部の委員長である花元克巳さんは「いろいろあったが、決まったことは必ずやる。だから大臣は私たちの要望をやってくれ」とお話しがありました。こういうこともあったので、産地づくり交付金をはじめとして米改革関係予算をすべて満額確保しました。 〈予算編成を終えると年明け早々、全国各地に幹部職員を派遣し、米制度改革の現地説明会に省挙げて取り組んだ〉 どんなに立派な政策でも、それが現場で実行されてこそ初めて本当の政策になる。私はそういう考えを持っています。それぞれの地域で水田農業ビジョンをしっかり作ってこそ、新たな制度が順調にスタートできる。そこで、国会が始まる前に、全国各地に局長をはじめ幹部職員を総動員して、ビジョンづくりを手助けする説明会を開きました。私自身も地方農政局長から状況を聞いたり、地方にも行って関係者にお願いしました。 03年の米の作況は非常に気になりましたね。対応を間違うと米改革を軌道に乗せることが困難になるわけですから。最終的には90で、従来の言い方だと「著しい不良」になる。私は、その言葉が実態以上に米不足を印象付けるのではと思い、数字だけで表すやり方に変えました。被災農家に対しては、すぐに対策本部を立ち上げ、共済金の年内支給などできるだけの対応を取りました。 今回の米政策のキャッチフレーズは「売れる米づくり」。私が米の卸会社にいたころは、おいしい米を求めるお客さんの声に十分こたえられなかった。生産者、流通業者、消費者が一体となって、米づくりの本来あるべき姿を実現してもらいたいと思います。 |
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