| 第6回:鳥インフルエンザ 〈04年1月12日、山口県の養鶏場で79年ぶりとなる高病原性鳥インフルエンザが確認された。社会問題化し厳しい対応を迫られた〉 鳥インフルエンザがアジア各国で発生し、いつ日本に上陸してもおかしくないと思っていました。山口県で発生した時は「ついに来たか」と。すぐにまん延防止を指示しました。現地にも行きたかったが、ちょうど国会が始まって外に出られない。 山口県には一生懸命、防疫措置をやっていただいた。大分県も早く収まりました。これは、ペットのチャボが1羽死んだだけで通報してくれた飼い主のおかげ。そのために周辺養鶏業者から嫌がらせの電話を受けたそうです。それで私から感謝状を出しました。 京都の場合、飼養羽数が多かった上に通報が遅れたため、あちこちに飛び火し、容易ならざる事態になりました。ところが、国会の関係でやはり行かせてもらえない。たまたま予算を審議する農水関係の分科会が終わって、次の日が1日空いたんで、夕刻に新幹線に乗った。その日の夜に府庁で山田知事とお会いしましたが、とにかく人が足りない、自衛隊にも出動を要請しているという話でした。 翌朝、丹波町の浅田農産を視察したが、頭から足先まで完全防護をして、「タミフル」という薬を飲んで、何度も消毒液をかけられ、やっと養鶏場に入った。中はまさに修羅場。死んだ鳥や、たい積したふんから発するすごい臭気と熱気。首を垂れて死んでいる鶏が通路の両側、ケージ1段ごとに2千羽ほどいる。それが4段で1列8千羽ですよ。県や町の職員が一羽ずつ取り出すんだが、死後硬直してなかなか出てこない。こんな悪条件の作業は一人2時間が限度。まさに災害現場だと思った。 京都から帰って来て、私は真っ先に情報を農水省で一元化するよう指示しました。前年9月に作ってあった防疫マニュアルは、県の単位で対応するのを前提としていて、山口、大分はうまく対処できた。ところが、京都は全国各地に影響が出て、県ごとの対応では整合性が取れない。そこで、国の責任者が現場に行って、すべての情報を交通整理することが必要なのです。 このことは私が運輸大臣の時に福岡で発生したガルーダ航空機事故の際に得た教訓です。獣医師も農政局ごとに登録して、病気の発生時には、他県からもすぐに急行できる体制に変えました。 〈浅田農産は早期通報違反で刑事告発を受け、廃業した〉 経営への影響を心配したかもしれないが、卵や鶏肉の買い控えが起き、業界全体に深刻な影響が出ました。食の安全・安心に対し責任を負った農業経営をやらなければいけない時代にきています。国や行政もサポートしますが、農業者は常に肝に銘じてほしい。 |
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